昨日、子どもの頃の話を書いたら、
また思い出したことがあったので書いてみようと思います。

お気に入りだった青いスカート
小学校低学年の頃、
お気に入りの青いスカートがありました。
段になったフリフリがとても可愛くて、
そのスカートを履くのが楽しみだったんです。
水玉を作る魔法の液体?
そんなある日。
お気に入りのスカートを履いたまま、
ハイターに雑巾を浸けている母のところへ行きました。
その時、ハイターが一滴、
スカートに飛び散ったのです。
すると、みるみる
小さな白い丸い点ができました。
私はそれを見て、
「これは、水玉模様を作る魔法の液体なんだ」
と、勝手に思い込みました。
わくわくしてやったこと
そして母のいない隙に、
急いでスカートを脱いで
その液体につけたんです。
お気に入りのスカートが
可愛い水玉になることを思い描いて。
わくわくしていました。
そして大失敗
ところが、そのスカートは
もう二度と履けない状態になってしまいました。
その無残なスカートを見て、
ただただ悲しくて、
しくしく泣いたのを覚えています。
きっと母は、
私をなだめるのが大変だっただろうなと思います。
あきめずに考えたこと
でも、この話はここで終わりません。
私はこのスカートを捨てずに、
どうしたら再利用できるのか考え始めました。
そして調べていくうちに、
「もう一度染めればいい」ということに気づきます。
洗濯機事件
後日、ブラックの染料を買ってきて、
いよいよ染めようと決意しました。
でも、その方法がよくありませんでした。
大きな容器が見つからなかった私は、
洗濯機に染料とスカートを入れて、染め始めました。
子どもの頃の私は
「大きな容器=洗濯機」だったんです。
それを見つけた母には叱られましたが、
怒鳴ることはなく、
どうしていけないのかを教えてくれました。
その後、母が困った様子で
洗濯機をきれいにしていたのを覚えています。
自由な発想は今も変わらない
自由な発想で、
「こうしたい」と思うことを実際にやってしまう。
小さい頃から、
まったく変わっていないなと思いました。
子どもの頃を思い出すことで、
伸び伸びと、自由な発想で
なんでも挑戦できるようになったのは
母のおかげだったのだと気づきました。
ものづくりは自由
何かを作る時、
何かをするとき、
結果に向かう方法って
たくさんあると思うんです。
どんな方法でそこへたどり着くかも
自由だと思います。
「こうしなくちゃいけない」
というのは「ない」と思うんです。
その人らしく考えて、
その人らしく進めばいい。
失敗も、
きっと「笑える思い出」になります。
今のアクセサリー作りも同じ
例えば、積木で家を作る時も
最終的にお家になればいい。

強度も、見た目も、色も
好きなように自由でいい。
思い描いたものを目指して
試行錯誤していくって楽しいですよね。
私も今、アクセサリー作りをするようになって
いつも試行錯誤して、失敗もしています。
でも
「どうしたいのか」は決まっているので、
できるまでやり続けるだけです。
「ないなら、自分で作る」
「失敗しても、別の方法で形にする」
「いろいろ考えるのが楽しい」
小さい頃からずっと
変わっていませんね(笑)。
いろいろ試行錯誤して作ったアクセサリーが、
誰かにとっての「ちょっとしたハッピー」につながったら嬉しいなと思っています。

